「文句を言う人」は、まだ組織に残ろうとしている人かもしれない
島根県江津市のような人口減少が進む地域で、地域のさまざまな組織に関わっていると、組織運営の難しさを感じることがある。
人がたくさんいた時代には、多少の無理があっても回っていた。
誰かが欠けても、別の誰かが埋めてくれた。
行事も会議も役職も、「去年どおり」でなんとかなっていた。
しかし、人口が減り、担い手が減り、若い世代の人数も限られてくると、同じやり方を続けること自体が重くなってくる。
そういう中で、組織に対する不満が出ることがある。
「この会議、本当に必要なのか」
「この行事を毎年続ける意味はあるのか」
「少人数なのに、昔と同じことをやるのは無理があるのではないか」
こういう発言は、ときに面倒なものとして扱われる。
前向きでない意見、協力的でない態度、空気を乱す発言として受け止められることもある。
けれども、違う見方もできるのではないだろうか。
文句を言う人は、まだその組織に残ろうとしている人なのかもしれない。
本当に怖いのは、文句が出ることではなく、文句すら出なくなることではないか。
「離脱」「発言」「忠誠」のフレームワーク
そのことを考える上で、役に立ちそうだと思ったのが、アルバート・O・ハーシュマンが著書『離脱・発言・忠誠』で示したフレームワークである。生成AIと壁打ちをしている中でこの概念を知った。
ハーシュマンは、組織や国家、企業などが衰退したり、質が低下したりしたとき、人がどのように反応するかを「離脱」「発言」「忠誠」という三つの概念で説明している。
かなり大ざっぱに言えば、次のような話である。
離脱(Exit)
不満があるとき、人はその場を去ることができる。店であれば「もう買わない」、会社であれば「辞める」。地域組織であれば、会議に来なくなる、役を受けなくなる、距離を置くといった行動である。
発言(Voice)
一方で、不満があってもすぐに去るのではなく、改善を求めて声を上げることがある。苦情、提案、異議、改善要求、問題提起など、言い方はいろいろあるが、「このままではよくないのではないか」と伝える行為である。
忠誠(Loyalty)
そして、その人がすぐに離脱せず、あえて発言する背景には、何らかの「忠誠」がある。ここでいう忠誠は、盲目的に従うという意味ではない。愛着、義理、責任感、思い入れ、あるいは「まだ良くなるかもしれない」という期待。そういうものがあるから、人はすぐには去らず、面倒でも発言するのだ。
地域組織に当てはめて考える
この見方を知ると、組織の中で起こる不満の見え方が少し変わる。
組織の側からすると、不満を言う人は面倒に見える。
会議で反対意見を言う人、行事の見直しを求める人、去年どおりのやり方に疑問を出す人は、場を乱す存在に見えることがある。
しかし、その人は、少なくともその時点では、まだ離脱していない。
黙って去るのではなく、わざわざ発言している。
それは、その組織に対して何かしらの関心や愛着が残っているからかもしれない。
逆に言えば、発言しても無駄だと思われたとき、人は発言をやめる。
そして、静かに離脱していく。
これは地域組織にとって、かなり怖いことだと思う。
なぜなら、離脱は必ずしも派手には起こらないからである。
「辞めます」とはっきり言う人ばかりではない。
忙しいから、都合がつかないから、また今度、という形で少しずつ距離ができる。
役を受けなくなる。
会議に来なくなる。
行事に顔を出さなくなる。
そのうち、最初からいなかったような扱いになる。
しかも、行動力があり、他に選択肢を持っている人ほど、静かに離脱できる。
別の居場所がある人、別の活動に移れる人、自分で何かを始められる人は、わざわざ不満を言い続けなくてもよい。
だから、組織にとって本当に危険なのは、強い不満が出ることではなく、不満が表に出なくなることではないかと思う。
もちろん、すべての不満に応えることはできない。
組織には歴史もあるし、事情もあるし、簡単には変えられないこともある。
発言する側にも、言い方やタイミングの問題はある。
それでも、発言を単なる「文句」として処理してしまうと、組織は大事なサインを見落とすことになる。
特に、人口が減り、担い手が減り、昔と同じ人数では動けなくなっている地域では、「去年どおり」は安全策とは限らない。
むしろ、去年どおりを続けることが、残っている人の忠誠を少しずつ消耗させていることもある。
書籍について
生成AIの説明でおおまかな概念は掴めた気がしたが、せっかくなので、ハーシュマンの『離脱・発言・忠誠』を買い求めてみた。
離脱・発言・忠誠:企業・組織・国家における衰退への反応 (MINERVA人文・社会科学叢書 99)

ただ、気軽にスラスラ読めるタイプの本ではなかった。
言葉は堅く、前提となる議論もそれなりに重い。
私の場合、学術的に読み込むというより、地域組織を見るための道具として使えればよいので、途中まで読んだところでいったん止めることにした。
もっと実用的に、日本の組織にこの概念を当てはめたような本があれば読んでみたいと思ったのだが、あいにく、ぴったりくるものは見つからなかった。
とはいえ、探す過程で、個別の概念に関連しそうな実用書をいくつか見つけた。これから少しずつ読んでみたいと思っている。
石井遼介『心理的安全性のつくりかた』
「発言」が生まれる土壌をどうつくるか、という話。
宇田川元一『他者と働く』
「発言したのに通じない」「正論なのに動かない」場面を扱っている。

鎌田華乃子『コミュニティ・オーガナイジング』
不満を発言に変え、発言を集団行動に変える部分のヒントになりそう。

編集後記
現在も複数の地域組織に関わっているが、どの組織も、構成員やアクティブメンバーの減少、高齢化という問題を抱えているように感じている。
この記事は、特定の組織に対する愚痴として書いたものではない。
むしろ、さまざまな地域組織で共通して起きている問題を考えるために、「離脱・発言・忠誠」というフレームワークが役に立つのではないかと思って書いたものである。
文句を言う人は、まだその組織に残ろうとしている人なのかもしれない。
そう考えるだけでも、組織の中で起こる不満の見え方は、少し変わるのではないかと思う。


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