PTAの本来の姿と子校での役員決め

成り行きでPTA役員4年目を務めているのだが、役員も4年目になってくると「やりたくて役員やってるんでしょ」と思われることが出てきた。

個人の想いとしては「別に全然やりたくは無い。代わりにやってくれる人がいればいつでも交代するし、もし理不尽な要求があれば、いつでも役は辞任しようと思っている。その場合はPTAも退会するし、親のPTA退会にかこつけて我が子に不利益な対応をされれば、弁護士つけて争う覚悟はある。」と思っていたりする。

こんなところでグチグチ書いたところで、何かが変わるとは思っているわけではないが、自分の思っていることの整理と、様々なPTAの在り方の一つの事例として、感じていることを書いてみる。

PTAは任意という前提

自分も後述する月報司法書士で知るまで「子供が学校に通っているんだから、PTAに入会するのは保護者の義務」と思っていた。しかし、それは根拠の無い思い込みに過ぎず、法律的にはPTAに保護者を縛る力など無く、実はもっと弱い立場の組織なのだということを知った。

月報司法書士という雑誌に憲法学者 木村草太先生の寄稿による「PTAの法律問題 -入退会の自由と非会員の排除禁止」という特集が載っている。堅い話を読むのが苦痛な方は、終盤の「おわりに」の節だけでもざっと読んでいただければ、PTAが抱える法律的な問題は大枠がわかると思う。

クリックして202002_04.pdfにアクセス

ちなみに、この月報司法書士の情報はtwitterのPTA界隈での評価も高いようであった。自分はtwitterでPTA関連のことを調べ始めたのは最近のことだが、話題の中に月報司法書士が出てきて嬉しい驚きを感じたりした。

子校の状況

これは田舎あるあるなんだと思うが、子校はPTA全員加入。それでこれまで問題は起きてこなかった様子。
少なくとも、4年役員をやってきた中で、PTAの退会や会費トラブル等は今のところは聞いたことはない。
子校の保護者はPTAは厳然として存在するものとして受け入れているのだろうと推測している。
保護者は目立つことをして子供に累が及ぶことを恐れるし、もし運悪くPTAの役員をやることになったとしても、実はそんなに大きな事業があるわけではなく、役員になってしまった人自身ががんばったり、周りの助けを借りたりしながらなんとかなってきたので現状があるのだと思う。

Webで見かけた他校のPTAの負担と比べると、子校の事業や役員負担はかなり生やさしい部類に入ると思う(毎朝、馬?なるものを出す作業があるとか、毎朝立ち当番があるとか、そういう地域があるらしいが、子校ではそういうのは無いし、地域の方々を招いての大規模な周年祝賀会みたいなのも無い。そういう意味では恵まれている方なのだろう)。

とはいえ、都会を中心に起きている「PTA加入は任意なのだから非加入を選択するのも当然の権利。親の非加入によって子供に不利益な対応をしてはならない」という動きがそのうちこの地域にも波及してくるだろうと思っている。それが5年後なのか、10年後なのかはわからないが、子校のPTAもいつまでも法的問題をスルーしたまま運営を続けられるとは思わない。

子校の役員決め

地域ごとに評議員の輪番があるみたいで、PTA側で評議員を各部に配属する。
最初の評議員会で部ごとに分かれて副部長3人を選ぶことになっている。各部の副部長3人の中から次年度の部長を決める。
自分の数年の観測範囲では、基本的には出席者の中から話合いで決める形。

これは欠席した方が保護者としては得だし、保護者のPTA離れが加速する悪循環の制度になっていると思う。
正直者が損をする形になっていて、なるべくPTAには近付きたくない、理由をつけて欠席したいと思うようになる、その背中を押していると思う。

なお他の地域の事例を見ると、欠席者の分のくじを先生が代理で引く、ということまでして欠席した者が得をするのを徹底して防いでいるところもあるらしい。
副部長選任の迅速性という面からは子校のやり方にもメリットがあるが、公平性という意味では欠席者もくじを引くべきなのだろう。
とはいえPTAが任意加入という前提に立ち返ると、欠席者を問題にするのもおかしな話だとは思うので、そもそも優劣を争うような話でもないのだ。

子校の事例に戻ると、出席者はお葬式みたいな雰囲気の中、「机の木目を見つめる」状態になる。
立候補はほぼ無いので、司会である部長が端から順に「お願いできませんか?」と話を振っていくのだが、振る方も振られる方も嫌な話だ。

特に自分とこみたいにママ友・パパ友付き合いを積極的に行っていない保護者は、場に居る保護者のほとんどの方の名前がわからないので、話しかけるのも一苦労。
そんな中で生贄を選ぶのにも似た話合いをして副部長を選ぶというのは、何年やっても気が重い。

副部長を決めるのも一苦労だが、その年度が終わるまでのところで次年度の部長を決めねばならない。
次年度の部長を決める責任は、暗黙の了解で部長に課されている。
原則は、副部長の誰かを口説き落として部長になってもらうこと。例外として副部長から次年度の部長が決まらない・決められない場合には、自分の知り合いから一本釣りでお願いするか、自分が続投するか、という選択になる。

自分の場合、部長の負担は大したことないと認識しているので、知り合いに生贄をお願いするくらいなら続投した方がラクなのだが、我が子もいつまでも在校するわけではない。
いつまでも自分が続投で凌ぐわけにはいかない。
後任部長のことは本当に気が重い問題であった。

結果として振り返って見ると、2018副部長、2019部長、2020部長、2021副会長という形で部長の続投は1回で済んだ。
これには2021年の部長を選ぶ評議員会にて、部長の立候補があったことが僥倖であった。
部長に立候補してくださった方には、一生足を向けて寝られないと思っている。

くじ引きで誰がなってもいいなら、誰でもできる役にするべき

役員をやりたい人さえ居れば、自分は副部長も部長も受けなかったと思う。
やってくれる人が居ないから仕方無くやってるだけ。

ほとんどの人は、役を受けるのは嫌だろう。
たまたま地域の輪番で評議員になった年に、副部長を引き受けるかどうかで負担が1年で終わるのか、最低3年PTAとお付き合いする可能性が生じるのか(副部長、部長、副会長)が分かれるのだと思えば、多くの人が役員を受けたがらないのはもっとも、と自分も思う。

だからこそ、誰がやってもできるくらいのもっと緩い負荷で回ることだけをやるようにするべきだと思う。
そのようにしてハードルを下げた上で、想いのある人が進んで役を引き受けてくれるような状況を整えていくべきなのだと思う。わかりやすくメリットを伝えるというか。

そんなことを考えるにあたって思い出すのが「PTAのトリセツ」という書籍のフレーズ。

今の保護者は、我が子のために意味があると思えば・・・熱い思いも興味も持ち労力をかけることを惜しまない世代だ。子育てに冷めているわけでも無関心でも余裕がないわけでもない。PTAにそれに値する魅力がないから逃げるだけで、だからこそ、PTAが嫌われ者のピーマンではなく、みんなで奪いあう甘い美味しいイチゴになればうまくいく

PTAが提供している価値が、保護者に要求する手間や想いに釣り合わないから、PTAがピーマンになってしまっている。
持続可能な形になっていない。

保護者は自分の子供の子育てだけで充分過ぎるほど忙しいので、先生との繋がり、PTA仲間ができる、といった曖昧なメリットで釣られるほど甘くない。
人の良い人、責任感の強い人の善意にすがって、そんな人達を食い潰していかないと存続できないような組織でしかいられないなら、PTAは消えていくしか無いんじゃないかと思う。

とはいえ子校の地域は想いのある人もたくさんいるので、完全に任意加入に切り替えてもうまく回るのでは無いかという予感もある。
ほとんどの保護者は入会届けを出して入会し、会費は払ってくれるだろうし、事業のお手伝いも厭わないだろうという気がする。
役を受ける人に恒例事業の責任を押しつけるのではなく、毎年ゼロベースで子供達のためになるような事業を自発的に取り組むことができる権利を与えるような形になれば、活き活きと事業をやってくれる人材は、それなりの数、居そうな気がしている。

編集後記

子校のPTAの課題、自分の中で一番大きいところは、やはり役員決め、特に次年度の部長を決めないと抜けられないという口伝のルールだ(会則にはそのような記載は無い)。
自分も一番負担に感じたし、「部長はやってもかまわないけれど、後任決めが嫌なのでやりたくない」という層がそれなりの割合いるはずだ。
その辺りを役員として、自分がPTAに居る間に解決の道筋をつけられたらいいな、と思う。

PTAなんて、やりたい人が集まって、もっと気楽にワイワイキャッキャしながら楽しみながら作っていけばよいもので、「保護者にとってPTAは義務!」みたいな四角四面なものでは無いはずなんだと個人的には思っている。

そうは思いつつ、法のルールと現実の運用とのギャップに目まいを感じながら、「いつでも退会しようと思えば退会できるんだ」ということを心の支えにPTAに関わってきたところがある。
そんなネガティブな想いを抱えつつ、自分は役員の中でも古株になっているので、道義的責任もあるんだろう。本当に目まいがする。

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