前の記事では、ハーシュマンの「離脱・発言・忠誠」という枠組みを、地域組織に当てはめて考えた。
今回はその続きとして、簡単には離脱できない組織と、比較的容易に離脱できる組織とでは、沈黙の意味がどう変わるのかを考えてみたい。
「離脱・発言・忠誠」のおさらい
経済学者アルバート・O・ハーシュマンは、組織やサービスの質が低下したとき、人が取る反応を「離脱」と「発言」という二つの選択肢から捉えた。
- 離脱(Exit)――その組織やサービスから離れること
- 発言(Voice)――不満や改善案を伝え、内側から変えようとすること
そこに影響するのが忠誠(Loyalty)である。愛着や責任感があれば、すぐには離脱せず、発言によって改善を求めることがある。つまり忠誠は、離脱・発言と並ぶ単純な第三の行動というより、どちらを選ぶかに影響する要因と考えた方が分かりやすい。
この枠組みの面白いところは、離脱しやすい組織と、離脱しにくい組織とでは、同じ「不満が聞こえない」という状態でも意味が違ってくる点にある。
ここでは、司法書士会や土地家屋調査士会のような法律上の強制加入団体と、青年会議所や商工会議所青年部のような任意加入団体を、二つの組織モデルとして比べてみたい。個々の団体を評価するためではなく、仕組みの違いから組織運営を考えるためである。
離脱のしやすさで、組織への反応はどう変わるか
| 強制加入団体 | 任意加入団体 | |
|---|---|---|
| 正式な離脱 | 職業と結びつき、難しい | 本人の意思で選びやすい |
| 不満の現れ方 | 所属したまま関与を減らす | 欠席・退会・卒業待ちを選ぶ |
| 見落としやすいもの | 心理的な離脱 | 発言せず去った理由 |
| 運営上の課題 | 離脱できない人の声を拾う | 離脱する前の声を拾う |
大きな違いは、強制加入団体では「残っていること」が、任意加入団体では「不満が聞こえないこと」が、それぞれ安心材料にならない点にある。
強制加入団体――残っていることは、納得していることではない
離脱が難しい組織では、改善の主な手段は「発言」になる。ところが、発言にも時間、勇気、人間関係上の負担がかかる。「言っても変わらない」という経験が重なれば、人は話すことをやめる。
その結果、正式には所属したまま、会議に出ない、役を引き受けない、必要最低限しか関わらないという、静かな距離の取り方が選ばれる。
だから、会員数が減っていないことや、目立った反対意見がないことだけでは、組織の状態は分からない。退会という警報が鳴らないまま、組織への期待や協力が失われていることがある。
必要なのは、総会で正面から異論を述べる以外の経路である。短いアンケート、少人数の対話、個別の聞き取りでもよい。すべての意見を採用できなくても、どう検討し、なぜ採用しなかったかを返すことはできる。その応答がなければ、次の発言は出てこない。
任意加入団体――沈黙は離脱の前触れかもしれない
任意加入団体では、不満があっても、組織を変えるために労力を使う必要はない。参加を減らし、退会し、あるいは卒業まで距離を置けばよい。
特に、本業や家庭の外にある活動では、他に自分に合う場所があれば、静かに移る方が合理的である。行動力があり、選択肢を持つ人ほど、問題を指摘する前に去ることもある。
もちろん、退会のすべてが組織の失敗ではない。引き止めること自体を目的にする必要もない。ただ、去る前に話せる機会と、去った理由から学ぶ機会はつくれる。
それができないまま離脱が続けば、担い手が減り、残った人の負担が増え、活動を見直す余裕がなくなり、さらに人が離れるという循環に入り得る。表面上は例年どおり活動していても、その内側で組織の選択肢が狭くなっていく。
交渉カードを持たない会員
地域の経済団体には、地域との関係づくりや社員育成などのため、勤務先から継続的に送り出される「サラリーマン会員」がいる。
ここでいうサラリーマン会員は、雇用上の出向や正式な会員区分を意味するものではない。経営者や後継者として自ら参加する会員と区別するため、勤務先を背負って団体に参加する会員を便宜上そう呼ぶことにする。
サラリーマン会員は、個人としての会員であると同時に、勤務先の代表でもある。異論を述べれば会社の姿勢と受け取られかねず、本人だけの判断で退会することも難しい。制度上は任意加入でも、本人にとっては「発言」も「離脱」も切りにくいカードになる。
しかも、こうした会員は、比較的若く、実務能力があり、勤務先や周囲への配慮から、役割を強く断らないことがある。そのため、運営側には「協力的で、次の役も任せられる人」と映りやすい。
しかし、「断らなかった」ことと「望んでいる」ことは同じではない。一つの役を引き受けたことを、次にもっと重い役を担うという約束として扱えば、本人の選択肢はさらに狭くなる。
また、その地域に在籍し続けるかどうかは、本人だけでは決められない。勤務先の人事異動によって、次年度の役職を引き受ける前提が突然なくなることもある。企業から後任者が来ても、前任者の経験や人間関係までそのまま引き継がれるわけではない。
一人の異動で次年度の体制が大きく崩れるなら、問題は異動ではなく、代替を持たない人事設計にある。
役を頼むときは、勤務先が会員を送り出していることと、本人がその役を望んでいることを分けて確認する。現在の役を引き受けたことを、次の役まで承諾したものとして扱わない。異動を例外と考えず、役割の共有、記録、引継ぎ、代替要員を準備しておく。
同じ構造は、単位団体から広域組織へ会員を送り出す場合にも起こり得る。ただ、サラリーマン会員には勤務先との関係や人事異動まで重なるため、本人の選択可能性がさらに小さくなりやすい。
組織の前に現れない「見えない離脱」
最後に考えたいのが、組織の眼前に現れる前の離脱である。
厳密には、まだ加入していない人の選択は、ハーシュマンのいう「離脱」ではない。それでも、潜在的な担い手が声を残さず別の道を選ぶという点では、よく似た作用をする。ここでは、これを「見えない離脱」と呼んでみたい。
強制加入団体なら、資格を生かす仕事を選ばない、別の地域で仕事をするといった選択が、その入口より前に起こり得る。任意加入団体なら、入会資格のある人が、時間的負担や外から見える雰囲気を踏まえ、最初から加入を選ばない。
この人たちは、退会届も不満も残さない。組織から見えるのは、しばらく後の「若い会員が増えない」「担い手が見つからない」という結果だけである。
現会員に意見を聞くだけでは、なぜ選ばれなかったのかは分からない。勧誘を強める前に、組織の外側にいる人から見て、何が参加の壁になっているのかを知る必要がある。
おわりに
組織の衰退は、退会者が出た瞬間に始まるわけではない。
会員が発言を諦めたとき、断れない人に役割が集中したとき、外側にいる人が組織を選択肢から外したときには、すでに変化が始まっている可能性がある。
それを早く知るために、組織が採れる方策はある。
- 短いアンケートや個別の聞き取りなど、負担の小さい発言経路を設ける
- 欠席が続く人には出席を迫らず、事情や負担を尋ねる
- 退会する人には、引き止めを前提としない振り返りをお願いする
- 入会しなかった人や地域の若手から、外側から見た参加の壁を聞く
- サラリーマン会員への役職依頼では、勤務先の意向と本人の意思を分けて確認する
- 異動や退会を前提に、役割の共有、記録、引継ぎ、代替要員を準備する
- 前年踏襲ではなく、やめる事業や軽くする役割がないかを定期的に見直す
強制加入団体では、「残っていること」を支持と取り違えない。任意加入団体では、「不満が聞こえないこと」を満足と取り違えない。そしてサラリーマン会員については、制度上の任意性と、本人が実際に持つ選択肢を混同しない。
少子高齢化と担い手不足の局面では、従来どおりの活動を続けることだけが組織を守る方法ではない。声を拾い、負担を見直し、必要なら活動そのものを減らすことも、組織を持続させるための運営判断になるのだと思う。


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