自分のことをリアルでも知っている人が前回の記事「ああ、僕は場面緘黙症だったのか、と知ってラクになった話」を読むと「その場面緘黙症なるものの当事者が、JCの世界に適応できるとは思えない」と感じるのではないかと思った。
何なら「社会的強者のくせにお涙頂戴、詐病かよ」みたいに響くのではないかと。
しかし、自分の中で場面緘黙症傾向がある自分の性格と、江津JCで経験したことは矛盾無く説明がつくことなので、自分から見えている世界を説明してみる。
自分の場面緘黙症と江津JCの環境
まず前提として、自分が所属した時代の江津JCが特殊なLOMだったということがあると思う。
江津JCも昔はバリバリ体育会系のLOMだったと聞いているし、自分の時代も体育会系の気質がゼロだったとは思っていないが、それでも多様性に富む組織だった。多様性を受け容れる組織。
40歳で卒業してから、だんだんと客観的に見られるようにもなってきて思うことには、全国の多数派とは異なるJC経験を送ったのだろうと思うようになった。
と断った上で、江津JCが自分に及ぼした効果について見てみる。
人と人とを近付ける磁場の作用
JCは友情を尊ぶので、人と人との距離を近付ける磁場が働く。
場面緘黙症傾向があると、自分から人に対して「仲良くなりましょう」と距離を詰めていくのはかなりしんどいのだが、距離を詰めていくのが当たり前の磁場の中にいると、そうしないのが不自然、そうしないのが失礼、という形になる。
そして、受ける側も「なんでこの人は話しかけてきたのだろう?」という態度ではなくて、ようこそようこそWelcomeという形で応じてくれるので、知らない人と名刺交換したり、出会いのきっかけを作る練習はたくさんできる。
後で詳述するが、「与えられた役割を果たす」ためなら話せる場面緘黙症当事者は多いので、これは場面緘黙症当事者の中で自分が特殊というわけではなかろうと思う。
自己開示、相互理解
また、様々な場面で自己開示を求められる側面もある。
3分間スピーチとか、長がつく役職だと壇上での挨拶とか。
もし普段は「自分の考えなんて大したことない。人前で話すなんておこがましい」と思っていたとしても、自己開示すべき場でどこかからのコピペの言葉を話したとしたら、その方が格好悪い。
素直な形で自分の考えていることを発信することができる、青臭い理想を語ってもいい、それを受け容れてもらえる場がある、ということは自他の相互理解に有意義な場だったと思う。
なお、これには受け手との信頼関係もすごく重要であったと思う。
受け手の中に冷笑するような者がいると、無理だっただろう。
同じ釜の飯効果
6年のJC在籍期間の間にいくつかの委員会に所属した。
1年ごとに異なる委員会に所属が変わり、入れ替わり立ち替わりメンバーと深い関係を築いていく。
そのようにして時間をかけてお互いの人となりを知っていく関わり方は、自分の性格との相性がとても良かった。
自分は真面目が取り柄、というタイプなので、できるだけ集まりに出席するとか、任されたタスクにきちんと取り組むとか、そういう形で周りから信頼を得ていくことができた。
必ずしもこちらから話しかけることが無くても、行動で相手へのリスペクトを示すことはできるし、まともな人はそれにちゃんと応えてくれる。
目に見える行動で示せる機会はたくさんあったので、メンバーの多くと信頼関係を築けたと思っているし、それはJCに関わって築けた大きな財産の一つだ。
アルコールの手助け
これは賛否が分かれる気がするし、JCの負の側面として語られることも多いので迷うところもあるが、自分の場合は良い方向に作用したと思っているので触れておく。
場面緘黙症傾向があると、ある程度付き合いが長い人達との間であってもなかなか「心を開く」という状況にならないことがある。よそよそしさが抜けないというか。
残念ながらそれは自分ではコントロールができず、相手への信頼度とは別の次元の問題として現れる。
人間関係の安全性が確保された場において、アルコールの力を借りて緊張感を解放する、鎧を無理矢理脱ぐというのは有意義なことだと思う。
江津JCは、それが自然な流れで実現される場になっていたと思う。
「酔っ払った坂根さんは面白い」と複数のメンバーに言われた経験がある。
どの時もネガティブなニュアンスでなく、普段見られないところが見られて嬉しいという感じの褒め言葉として話してくれたこととと受け取っている。
酔っていない時がよほど堅く見えるということでもあると思うが。
なお、江津JCではイッキ禁止、強要禁止とアルコール面でのコンプライアンスに取り組んでいたので、それも申し添えておく。
クルマ以外の交通手段が限られているため懇親会の後はクルマで帰るメンバーも多いし、「今日はクルマなんで」と言えば済んでいた。
自分のJC経験は特殊だったと思うので、全国どこのLOMでも同じ経験ができるとは保証しないが、江津JCは場面緘黙症当事者にも居場所がある組織だったとは言える。
それは感謝を込めて伝えておきたい。
場面緘黙症でも「役割を演じる、役割を果たす局面」なら話せるケースは多い
店員として接客するのは平気な当事者の事例
モリナガアメさん:小売店店員
かんもくの声 入江紗代さん:雑貨屋のアルバイト、服屋の店員
それぞれ働き始めには大きなストレス・葛藤を感じながら働く描写があるものの、意外と接客での会話はどうにかなった、事前に心配していた程は恐れることは無かった、というところに落ちつく。
場面緘黙症の症状の程度にもよると思うが、自分のケースを考えても、症状が重度でない場合にはよくあることなのではないかと感じた。
話しかける行為の動機:外部からの要請なのか、自分自身からのものか
店員としての会話が重くない理由を自分の経験も踏まえて考えるに、場面緘黙症当事者が人に話しかけるのに感じる抵抗が大きくなるのは、相手の反応が生身の自分本人にダイレクトに返って来る時、そして話しかける行為が自分の意思のみに寄る場合だと思う。
店員としての客との会話はあくまで仕事として組織の一部として話をしているのであり、仮にその会話のやりとりが上手くいかずにトラブルになったとしても、それは一人の店員としての能力の問題であって、自分の性格や人格には影響を与えない。
一方、一個人としての自分が誰かに話しかける、何らかの外部的な要請があるわけでもないのに話しかける、という行為はそうではない。
仕事としての会話と違って、自分はものすごく抵抗を感じる。
それによって、相手がどう思うかということを心配するし、相手の中の自分のイメージに変化が生じることが怖い。
これはもしかしたら自意識過剰、と一言で済む話かもしれないが、ともかくそんなモヤモヤっとしたものが渦巻いて、一歩を踏み出すのに多大なエネルギーが必要となる。
壇上で話すことへの抵抗について
「場面緘黙症の悩みは人前で話せないこと」と思われがちだが、当事者の体験談の中にも「授業での教科書の朗読は、小さい声ながらすることができた」という話は出てくる。
自分の場合も症状が軽いということもあろうが、大勢の前でしゃべることよりも目の前の一人に話しかけることの方がハードルが高い。
スピーチだったり、長としての挨拶だったりは、緊張はするけれども事前に準備出来さえすればそれほど問題ではない。
時が来れば壇上に上がるしかないし、上がれば話すしかない。流れに身を任せて、事前に考えてきたことを口から吐き出していくだけ。
事前に準備することができなかった場合には、「急に振られたので、何を話すか考えているところですが」とか何とか話を繋ぎながら、来場への御礼なり御祝いの意なり、その立場で求められている最低限の趣旨を伝えられればOKと思う。
話を繋いでしのぐときに何を話すかというパターンも、JCなどの場に長く居れば自然とお手本になるようなケースをちょくちょく見ることができるし、自分でも場数を踏めばできるようになってくる。
そもそも、ちゃんと準備した挨拶を求められる時には、事前に連絡をもらえるものだ。
そして、自分の中でのハードルを上げすぎないことも大事だと思う。
話す内容なんて、借りてきた言葉でさえ無ければ何だっていい、という開き直りが自分の中にはある。
3分間スピーチなら、スピーチのお題を踏まえて自分が考えたことでさえあれば、どんな内容だって正解だし、長としての挨拶だったら最低限、来ていただいた人への感謝がきちんと伝わる形になっていればOKだ、と思っている。
これは自分に言い聞かせていることでもあるし、人の話を聞く側の立場に居るときにもそう思って聞いている。
形まで格好付けようと思えば、セオリー的な文言だとか話す順番だとかいろいろあると思うけれども、それは人前で話すことの本質ではないと思う。
ざっくばらんなしゃべり方であっても人の心を打つ話をする人はいる。むしろそういう人こそすげぇなぁと思う。
苦手なのは雑談やユーモア
上記のような目的のある話や、仕事の話なら抵抗なく話すことができる。
その一方で、目的の無い会話やアドリブ性の高い会話は苦手。
そういう場はとても緊張するし、緊張ゆえに声も固くなるし、こちらの緊張が相手にも伝わって相手も緊張してしまうことが多い。
何か話さなきゃ、と緊張してしまうくらいなら、必要が無ければ話さなくてもいいんじゃないか、と開き直ることもある。
そうしないと「話しかけないでくださいオーラ」や「何か話さなければオーラ(緊張)」が出てしまって、お互いに身動きがとれなくなることもあるから。
沈黙に多大な苦痛を感じる方は向こうから話を振ってくることもあるし、特に相手も何も感じていない風で、お互い黙って過ごすパターンもある。
これは「失礼」をどのように捉えるかという問題だと思うが、自分のあるべき理想像を高くし過ぎると、生きにくいことがある。
自分の現状を正しく踏まえて、持続可能な落としどころを見つけたり、スモールステップを重ねながら少しずつできることのハードルを上げていくのが良いのだろうと思う。
編集後記
冒頭に書いたような心配から始まって書き始めた記事であり、また、現役メンバーには迷惑かけないようにしたいと思いながら書いたので、何かと言い訳がましい感じの文章になってしまった。
しかし、江津JCでの経験も自分のアイデンティティーに大きく関わるので、避けて通るわけにいかないと感じた次第。
長くなってしまったし、後半とりとめのない話になってしまったが、書きたかったことを書けたと思うし、壇上でのスピーチは大丈夫でも自分から話しかけるのは苦手なのはどうしてなのか、自分の中でも整理ができた。
自分の中では有意義な記事になったと思う。
関連記事
ああ、僕は場面緘黙症だったのか、と知ってラクになった話
場面緘黙症について最初に書いたこの記事でも触れたが、自分は環境に恵まれたために場面緘黙症をある程度克服することができたと思う。
自分の故郷のLOMが、江津JCのような多様性を受け容れてくれる組織だったことは、ラッキーなことであった。
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