[タスク管理]「あるべき理想」に縛られて自己嫌悪しない – タスク管理もミッションステートメントもツールに過ぎない

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photo credit: ditatompel via photopin cc
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島根の司法書士、坂根(@sakane0958)です。
今日は知人と話していて感じたことなどをつらつら書いてみます。

「タスク管理が続かない、ミッションステートメントが守れない」

知人(複数人)と世間話の中で、タスク管理や7つの習慣について話す機会があり、「タスク管理がんばっているけど、なかなか続けられない」「ミッションステートメントも書いてみたけど、なかなか守れない」という話が出ました。

その場の話はそれで終わったのですが、その後、「タスク管理やミッションステートメントへの自分のスタンスは、人とはちょっと違うのかもしれない」と一人考えるきっかけになりました。

タスク管理もミッションステートメントも「ツール」に過ぎない

私はタスク管理は「自分が楽になるため」にやるのであって、続かない日があってもいいし、破綻したって元々なんだと思っています。

年末年始のイレギュラーな生活や、JC活動の山場などでは簡単に破綻するでしょうが、その後、やっぱりタスク管理した方が楽だと思えば、そこから再開すれば良い。
自分に期待する部分が大き過ぎて、タスク管理の負担が大きかったと感じるのであれば、もっと削ぎ落とした楽な形でやり直せば良いと思う。

働きながら、子育てにも関わったりしながら、試験勉強した経験から、習慣として持続可能な生活サイクルには何かを成し遂げる力があると信じるようになりました。
そして現実的に回るサイクルを作るには、自分にできる量、もしくは限界みたいなものを控えめに見積もるのも大事なのかな、と思います。
そして、現実的に使えるリソース(特に時間)を把握し、新しいことを始めるために何かを諦める勇気、決断力。

ミッションステートメントも、守れないときがあってもいいと思うんです。人間だもの。
ミッションステートメントは「人生の憲法」なんて呼ばれるけど、現実の社会でも違憲判決いくつもあります。

ミッションステートメントの意義:人生の優先順位の整理

これは私自身の個人的な見解ですが、ミッションステートメントを作る意義の半分くらいはミッションステートメントを考える部分にあると思います。
人生の中で、自分が一番大切にしたいことは何か?
それを自分の中で整理することに大きな意味がある。

自分で決めたミッションステートメントを破ったからといって、自己嫌悪するほどのことじゃない、と思います。
だって、ミッションステートメントを持たずに生きている人の方が世間の大多数でしょう。
自分との約束を守れなかったことを知っているのも自分だけ。
多分、ミッションステートメントを守れなかったことで、誰にも迷惑はかけてない。

むしろ、ミッションステートメントを一度定めたことによって「ああ、今自分は理想と違うことしちゃったな」と気付けることを、喜ぶべきではないかと思います。
というわけで、ミッションステートメントもツールに過ぎず、必要以上に自分を縛って嫌になったりしなくてもいいんじゃないかな、と思います。

編集後記

書いてみたら、本文より関連記事が長くなってしまいました。
こんな時もありますね。

関連記事

[タスク管理]タスク管理に溺れない – 何のためにタスク管理するのか

自分が楽になるためにタスク管理をする、これは私の昔からの信条です。
やった方が良さそうな気がするから、とか、理想の自分に近付くため、とかそういう崇高な理由ではありません。

これは例えるなら「タッチパッドを使うより、マウスを使った方が楽だからマウスを使っています」という感じ?
マウスは持ち運ぶのが面倒だからタッチパッドのままでいいやという人もいるでしょうし、はたまたトラックボールが好みの人もあろうかと思います。
どれも慣れるまでには、ある程度の時間がかかるものだと思いますし、合う合わないもあるのかな、と。

[TaskChute]初心者はPCの前に居ない間のログを切り捨てよう – 最初から完璧を目指すと挫折する

私は面倒臭がりを自認していて、自分を含め大多数の人間は面倒なことは続けられないように、生き物の造りとして設計されていると思っています。
TaskChuteはとっかかりがなかなか難しいツールだと思うので、最初から大きな理想を描いて走り始めると、つまづいた後、再開が難しくなります。
まずは基本操作が楽にできるようになってから、少しずつ手を広げていくのが良いと思います。

[toggl]時間の家計簿をつけて第二領域に注力する – 7つの習慣から緊急度×重要度マトリクスの紹介

7つの習慣の中の「第二領域」について書いた記事です。

時間記録を付けていると、自分の生活パターンを把握できるので、例えば「そろそろ認定考査の勉強始めなきゃな」と思った時、どこなら削って勉強時間に振ることができるのか、すぐにわかります。

ちなみに、認定考査の勉強は昼休みにやることにしました。
朝より確実に時間が取れるし、子供に邪魔される可能性がゼロなので。
直前期には他の時間帯にも勉強することになるかもしれませんが、とりあえずは平日の昼休みに30分前後やります。

[司法書士試験]勉強の習慣をレビューするには、勉強時間を振り返る – studyplusが便利

勉強の話のついでにStudyplusの紹介。
「みんなもがんばってるんだな」とライバルから刺激を受ける面でも、簡単に自分の勉強時間の累計が管理できる面でも、オススメです。

[育児]育児のミッションステートメント・行動の判断基準 – 流れるような一日を

ミッションステートメントの育児部分を紹介してみた2年くらい前の記事。
実は私はミッションステートメントを頻繁に書き替えたりはしておらず、7つの習慣のコヴィー先生に言わせれば「良い生徒」では無いのでしょう。
でも、自分が何を一番大切にしたいか、という問いかけはよくやるようになったと思います。

今、私が育児で一番大切にしたいことは、「まず、生き延びること」ですね。
わかりやすく言い換えれば「死なないこと」を教える。
交通事故に始まり、病気、いじめによる自殺、普通に生活していても子供が死ぬリスクは身の回りにいろいろあるわけです。
危険なものを避けること、困った時には親に相談すること、周りの人間との信頼関係の築き方、距離の置き方、等々。

まずは子供を死なせずに大きくすること、それが一番大事。
次に「笑えること」ですね。
将来的に豊かに幸せな生活を送れるようにしてやることも、プラスアルファでできたら良いですが、まずはベースから、と今では思います。

久方ぶりにミッションステートメントを更新したくなってきました。

[育児]生きていて笑ってくれれば大丈夫 – 流れるような一日を

関連記事には入れずにスルーしようかな、と少し迷ったのですが入れてみます。

虐待を受けている子供や、いじめを受けている子供は笑顔が無くなるといいます。
虐待せずに普通に子育てしているつもりでも、生活の中で子供をたくさん叱ったり、ケンカしたりするものだと思います。
それでも、1日の中のどこかでちゃんと子供に笑顔が出る瞬間があれば、自分の子育ては間違ってないんじゃないかと私は思っています。
少なくとも、最低ラインはクリア。

そんなことを書きたかったのですが、父親の育児へのコミットが母親よりも少ないことが多い世の中で、ママさん達の怒りを買いかねない記事だなぁ、と自分で読み返してみて思ったりします。
育児のプレッシャー的なものは、父親よりも母親の方が大きく感じるのではないかと思うので、無責任な父親の楽観に見えるかな、とか。
また、妻の愚痴への対応も、こちらが自分の意見を話すより妻がまず求めていたのは悩みを聞いてもらうことだったかな、とか。

読み返してみると、いろいろ反省したくなり、「昔は深く考えもせず、こんな記事を堂々と公開してたんだなぁ」と怖くなります。

コメント

  1. […] この記事は「流れるような一日を」より転載しています。 […]

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