[司法書士試験]合格までの道程(気持ち的な体感の話)

島根の司法書士、坂根(@sakane0958)です。

司法書士試験を目指している知人と話していて、彼は「勉強は順調。絶対に来年は合格!」と息巻いていたんだけれども、詳細を聞いてみるとそれでは来年の合格は覚束ないと感じました。でもそれを直接言うのもなかなか難しいし、がんばろうとしている人に対して、司法書士の自分が参入障壁を築いているようで言い辛い。
考えてみるに、昔の自分自身も全体像が掴めずに苦労した面もあり、これは多くの受験生にとって見えづらい話なんだろうと思います。当時の自分への申し送りのつもりで、自分の試験への気持ちの変遷を書いてみることにしました。

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教材購入前

「大学受験でもそれなりに勉強したし、一年で受かる人がいるなら予備校の教材で勉強しさえすれば自分も一年で受かるかな、一年目で受からなくても二年目では受かるだろう。」と思ってました。
この思い込みには「司法書士7ヶ月合格法」という書籍の存在も大きかったと思います。
7ヶ月で受かった人がいたんだから、7ヶ月以上かけられる自分は合格できるはず、という根拠の無い自信。

[振り返って思うには]

登ろうとしている山の高さがわかっていなかった、これに尽きる。7ヶ月合格法についても、命を賭して挑戦した人の話であって、凡人が普通にやって7ヶ月で合格できる試験だと思ったら大間違い。

ちなみに7ヶ月合格法で「講義を聴くのは受動的で楽な勉強。倍速で聞いてさっさと終わらせるべし」という教えは今でもそのとおりだと思う。講義を聴いている時は、新しいことだらけだしボリュームもあって大変だと感じていたけれども、その後の方がもっと大変だった。

勉強前には「講義を聴き終える」と、7割方知識が仕上がっていて、あとは怪しいところを補強していけばいいんだろうと漠然と思っていたけれども、全然違った。実際には「講義を聴き終えた」ところで、ドラクエⅢで言うところのアリアハン大陸を出るかどうかくらいのところ。

1年目の受験

「マークシートは運次第では合格点を取れるかもしれないが、書式でも足切りがあるので書けないと話にならない。受験日までに書式も仕上げないといけない。」と思ってました。
講義は11月中には聞き終え、12月から過去問と書式に取り組み始め、年明けからは答練も受け始めていました。
もちろん答練の成績はふるいませんでしたが、「これから直前期にグンと伸びるんだから、答練の成績に一喜一憂しても仕方が無い。気にせずがんばろう」と思っていました。

[振り返って思うには]

「実力が合格水準に達していないのに奇跡が起きて基準点を越えるかも、なんてちゃんちゃらおかしい」ということをその後の数年間で思い知ります。僕が最後まで苦しんだのは、「奇跡が起こればいけるかも?」と考えていた短答だったのです。司法書士試験のマークシートは運で合否が左右されるほど甘くありません。結局、僕が初めて短答式の基準点を越えたのは合格した年でした。

書式についても、合格前の数年は得点できるようになっていましたが、一年目の仕上がりでは仮に短答で奇跡が起きて足切りを突破したとしても書式で落ちていたと思います。とはいえ、「受験するからにはいつでも合格可能性が少しでも高くなるようにギリギリまで粘る(試験前、試験中含む)」という姿勢から考えると、自分の立ち位置もよくわかっていなかった中で、書式がそれなりに書けるくらいに仕上げておく、というのは正しい戦略だったと思っています。

2年目の受験

当初「2年目には受かるだろう」と思っていた2年目も、似たような成績で落ちました。
「アレ?おかしいな?この解答速報間違ってんじゃないの?」って思ったりしてましたね。

[振り返って思うには]

勉強が量的にも質的にも足りていないので、この時点ではまだスタートラインに立ったかどうか、というところ。
それに自分で気付いていないのが何より一番痛いところ。

3~6年目の受験

妻との間に子どもが生まれたりして、勉強時間の確保そのものが困難になっていきます。子どもが生まれる前の期間にもっと勉強しておけば、と悔やまれますが後の祭り。

勉強は続けているはずなのに、成績は上がっていくとは限らず、落ちる年もあり。
「これはがんばっていればいつか受かる試験なんだろうか?自分は一生受からないということもあり得るのでは?」という不安が頭をもたげるようになります。とはいえ、覚悟を決めてこの状況に飛び込んだ以上、司法書士試験から背を向けるわけには行かないな、受かっても受からなくても、受かるまで受け続けるしかないな、という覚悟も固めます。

[振り返って思うには]

「これは自分がいくらがんばっても受からない試験なのかもしれない」という危機感を感じられたのが気持ち的にスタートラインに立った瞬間だった、と言えます。
そこから「これから何年も、こんなことばかりやっているわけにいかない」と考え方が変わったように思う。

合格した年の受験

この頃には自分の立ち位置も答練や本試験での自己採点で思い知っているので、自分の弱点を埋めていく勉強ができるようになったと思う(書式は落ちついて解ければ足切り+αは堅い。短答の基準点を越えることがまずは最重要。)。

直前期には「勉強しないといけない」と頭では思うのだけれども、行動がついていかないという状況に陥ったりもしました。同じ試験に立ち向かっているライバルはこんなにしっかり勉強しているという事実や「もうこんなに勉強する年をもう一年やるのは嫌だ」という気持ちから、少しでも合格が近付くためにやれることはやっておくか、という気持ちで自分を勉強に駆り立てていた。

この時期には、もう一年やるのは嫌だ、という気持ちの一方で「このペースでこのレベルの勉強を続けられていたら、来年は今年よりも合格率が高くなるだろうし、再来年にはもっと合格率が高くなるはず、仮に単年度の合格率が30%だったとしても数年のうちに合格できるはずだ」という確信を得るに至っていた。

[振り返って思うには]

「今年受からなくても、数年のうちに合格できるはず」という確信を得たというのは、気持ちの面でこの試験に勝てる状況になった、ということかなと思っています。
勝てるかどうかか信じられない賭けに、いつまでも自分の人生をかけ続けることはできないですからね。

編集後記

「コレでどうだ!→ダメ」「じゃあ本気出す、コレでどうだ!→ダメ」を何回か繰り返して、こんな覚悟じゃ全然足りないんだな、ということに気付くまでに何年もかかりました。
これは僕が要領が悪いだけかもしれませんが。

自分の(たいして根拠の無い)自信を何度も打ち砕かれ、「もっともっと生け贄をよこせ」と言う貪欲な司法書士試験の神様に自分の生活のいろんなことを差し出した気持ちのする数年間でした。あんなに禁欲的な生活をして全てを勉強に捧げる生活にはもう戻りたくありません。多くの司法書士試験合格者が「もう受かる気がしない」「もう二度とゴメンだ」というのは、みなさんそういう経験をくぐり抜けてきたからだと思います。

逆に、趣味だとか飲み会だとか、いろんなものを諦めずに司法書士試験にも受かりたいというのは甚だ都合の良い妄想だと言えます。自分の能力に自信があるならいざ知らず、十人並みだと思うなら、早々に全てを注いで挑戦してみて「これでもダメなの?」という経験をしてみるべきだと思います。そこで初めて「続けるのか、諦めるのか」の判断もできようものです。

初学者のときにはわからないのですが、惰性で5年10年根気強く勉強していれば必ず受かるような試験ではないのですよね。資格予備校の言う「誰でもやることやれば受かる」というのは嘘っぱちですから信じないように。あれはセールストークです。司法書士試験受験生は「良いお客様」です

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